RSD『Go In A Good Way』解説

2011年3月12日に発売となったRSDのアルバム『Go In A Good Way』に寄せた解説文をアップします。読んで興味を持ったら、ぜひCDを買ってください。そして、今週末から始まるRSD Japan Tour 2014に足を運んでみてください。
RSDとして2作目のCDとなる『ゴー・イン・ア・グッドウェイ』が日本限定企画盤としてリリースされる。ダブステップ第2の都市ブリストルにおける中心的レーベル、パンチ・ドランク・レコーズから2009年にリリースされたシングル集『グッド・エナジー』に続く本作も、トータルな聴かせ方をする“アルバム”というよりは、さまざまな時期に制作された“作品集”というべき内容になっている。ただ本作は、1曲を除いて全てが初CD化、ほとんどがこれまでヴァイナル化すらされなかった曲で構成されており、これまでのリリースを全て追いかけてきたファンにも必携の1枚となっている。
RSDとは、スミス&マイティ、モア・ロッカーズの一員として知られるロブ・スミスのダブステップでの名義で、“ROB SMITH DUB”の略。英国南西部の港町ブリストルで生まれ育ったロブは、ティーンエイジャーだった1970年代にレゲエ・ミュージックに出会い、その魅力に取り憑かれる。ただ、この頃はジミ・ヘンドリクスやパーラメントといった、ロックやファンク、ソウルも並列に聴いていて、特にレゲエ一辺倒ではなかったという話を以前に聞いたことがある。これまであまり語られてこなかったことだが、彼のルーツとして知っておいてほしい重要な点である。
ブリストルは、ロンドンから南西へ120マイル、急行で約1時間半ほど走ったところにある港町。16世紀にはアフリカの奴隷貿易の玄関口、またアメリカとの貿易窓口として産業革命まで英国第2の都市に成長した。第2次世界大戦後には、ジャマイカをはじめ西インド諸島など旧植民地の人々が移り住み、現在もコミュニティとして存在している。この歴史的背景と、ほどよい町の小ささ、そしてロンドンからの距離が、ブリストルで生まれる音楽を個性的なものにしている要因とされている。
1970年代には(ロブと同世代である)ティーンエイジャーによるパンク・バンド、ポップ・グループが登場。1980年代の終わりには、ヒップホップとレイヴとダブを解け合わせたマッシヴ・アタックとスミス&マイティが登場。1990年代の中頃にはトリッキーとポーティスヘッドが、そして同時にロニ・サイズ率いるレプラゼント一派やモア・ロッカーズを中心とした所謂ブリストル・ジャングルが世界的に注目を集めた。そして現在はピンチやペヴァーリスト、ジョーカーといったダブステップ……という風に、ブリストルの音楽は常に英国のクラブ……いや反抗音楽の歴史そのものを“本流”とはちょっと違う“カウンター”な距離感で我々を魅了してきた。そしてロブ・スミスは、学生時代のパンク〜ニューウェイヴ・バンド、80年代前半のレゲエ・バンドの時代から始まるキャリアを通じて、それら全てに関わってきているのだ。
ロブは2003年に『アップ・オン・ザ・ダウンズ』、2006年に『イン・ワン・ウェイ・オア・アナザー』という2枚のソロ・アルバムをリリースしている。スミス&マイティやモア・ロッカーズが聴かせたサウンドを彼のパーソナルな視点で再展開した、メランコリックさと実験性(であり挑戦)が出た作品となっている。
『イン・ワン・ウェイ〜』制作時である2005年末には、既にロブから「いまダブステップに夢中なんだ」と聞かされていたが、2007年、遂にRSD名義のシングルをリリースする。1枚はパンチ・ドランクからの『コーナー・ダブ/プリティ・ブライト・ライト』、そしてもう1枚はイアーワックスからの『キングフィッシャー/ラヴ・オブ・ジャー・ライト』。これらを初めて聴いたとき、筆者は「スミス&マイティと(良い意味で)変わらないなぁ」と思ったものだ。だがこれは、多くの人も同様に感じていたようで、2009年にはスミス&マイティが95年にリリースした1stアルバム収録「ベース・イズ・マターナル」と「U・ダブ」が、さらに2010年には2002年の3rd『ライフ・イズ…』収録「Bライン・フィ・ブロウ」と2003年のロブの1stソロ収録「リヴィング・イン・ユニティ」が、“ダブステップのルーツ”として相次いで再リリースされている(パンチ・ドランク傘下のアンアースドから)。また2ndソロ収録の「ユー・トゥ・ノウ」は、2009年にダブステップ・ヴァージョンへのリミックスを施しリリースしている(本作にも収録)。
「ある意味かたくなに、そしてレゲエを根っこにしつつ、他のスタイルをミックスしていこうとしているからだと思う。僕は全ての音楽に“ダブ”を見い出したいんだ。ハウスがちょっとステッパーズっぽく聴こえたら、僕らはハウス・ダブのようなものを作った。ブレイクビーツにレゲエ・ギターの音やエコー、ベース・ラインを乗せて、ヒップホップ・レゲエのようなものも作った。ラヴァーズ・ロックや60年代のソウルも好きだったから、女性ヴォーカルやストリングスも入れようとしたりね。似たようなサウンドにトライしていた人たちもいたけど、僕らはサウンドに無意識ではあったけど完璧なヴィジョンを持っていた。それは僕らの歴史……レゲエ、サウンドシステム、それに子供の頃からの音楽や記憶、それらが混ぜ合わさった音楽。それが僕らのサウンドの個性になっていると思う」。
これは、ある雑誌の記事用にロブにインタヴューをした際の回答だ。スミス&マイティの楽曲が15年の時間を越えて再評価されていることに対する質問だったわけだが、このオープンな姿勢が、彼の音楽が常に最前線で聴かれ/プレイされている理由とも言えるだろう。ある友人がロブの音楽性を紹介するのに使った「出す料理は変わっても『うちのタレは80年代から継ぎ足し継ぎ足し使ってる秘伝の一品だよ』みたいな人」という形容は、本当にその通り現していると思う。筆者の周りには、90年代の初めにスミス&マイティの音楽に“ヤラレて”から20年に渡って、彼(ら)が生み出すサウンドのファンで居続ける人が多い、というのがなによりの証拠だ。それは、このCDをリリースするゼッタイムを牽引するクラナカにしても同じだろう。そしてその魅力は、このCDにも存分に詰め込まれている。
収録曲は、ロブがこれまで頻繁にクラナカに送ってきた音源からクラナカがセレクトした。制作時期もバラバラで、未発表曲集のような感じでもあるが、単にリリースをするのにフィットしたレーベルが見つからなかったり、サンプリングなどの問題でリリースできなかった曲ということで、楽曲のクオリティはこれまでリリースされてきた曲に劣ることはない。そういう理由だけに、劣るどころか、アグレッシヴで実験的な面も聴かせてくれる興味深い内容になっている。
ルーツ・マヌーヴァ作品への客演などでも知られるリッキー・ランキンを迎えた1。R8レコーズからの12インチ・シングルB面としてリリースされた2は、ロブらしいへヴィネスと、彼が“息子”と呼ぶ新世代プロデューサー、ジョーカーからの影響も感じさせるシンセ・ワークが印象的な曲。日本人女性アーティストG.RINAとのコラボレーション曲4は、ロブ・スミス名義の2nd『イン・ワン・ウェイ・オア・アナザー』収録曲のダブステップ・ヴァージョン。彼女が書いたメロディの中に、ロブがかつてプロデュースを手掛けたフレッシュ4の影も聴くことができる、ブリストル・サウンドの過去と現在を繋ぐ名曲だ。そして、これまたロブ・スミス名義の作品に通じるメランコリックさが光る5。80年代から活動するブリストルのアーティスト、ウィルクスをフィーチャーした7は、以前ダウンロード販売され、CD『グッド・エナジー』にも収録された曲の別ヴァージョン。8はアイルラインドのレーベルから12インチ・シングルでリリースされていた曲。アルバム・タイトル曲ともなった9は、ロブのこれまでの音楽的変遷が凝縮されたかのように、聴く度に様々な角度を見せてくれる。ボーカロイドと呼ばれる音声合成技術を使い、無国籍な感覚を滲ませた12。パンチ・ドランクからリリースされたシングル「グッド・エナジー」にも通じる13。フィールド・レコーディングの音も使い、ヘヴィでありながらフワフワとしたチルアウト感も出した15は、ブリストルのアーティストが集結したチャリティ・コンピCDにも提供された。そしてこれら以外は、大雑把に分類すれば“リフィックス”と呼べるレゲエ・クラシックの引用を前面にした曲。中でも聴き所は10で、ジョー・ギブスが1978年に残した同名曲のリミックスともいえるヴァージョン。ロブは、こうした手法をスミス&マイティの時代から得意としていて、(もちろんオリジナルへの愛情があってこそだが)フックとして引用しつつも、そのサウンドは明らかにロブのものと判ってしまうところが彼の強みだ(先に引用した発言の通り)。
「人生って不思議だよね。僕が『ブレイン・スキャン』(スミス&マイティが86年に制作した実験的楽曲)を聴き直したとき、自分ですらダブステップっぽいとビックリしたよ。多分、物事は円が回るように発展していくってことなんだろうね」。RSDはロブ・スミスのダブステップでの名義とも書いたし、ロブ自身も「ダブステップが僕の人生を救ってくれた」と言う。しかし、これをジャンルとしての“ダブステップ”として括って聴く(あるいは聴かず嫌い)のはあまりにもったいない。ここには、最新のモードを取り入れながら、また25年後にも“新しい”と聴かれるに違いないサウンドがある。そしてロブは25年後にも同じ“秘伝のタレ”を使って音楽を作り続けているのだろう。
“母なるベース”は永遠に鳴り響く。
飯島直樹(DISC SHOP ZERO)
RSD『Go In A Good Way』購入は...
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RSDとは、スミス&マイティ、モア・ロッカーズの一員として知られるロブ・スミスのダブステップでの名義で、“ROB SMITH DUB”の略。英国南西部の港町ブリストルで生まれ育ったロブは、ティーンエイジャーだった1970年代にレゲエ・ミュージックに出会い、その魅力に取り憑かれる。ただ、この頃はジミ・ヘンドリクスやパーラメントといった、ロックやファンク、ソウルも並列に聴いていて、特にレゲエ一辺倒ではなかったという話を以前に聞いたことがある。これまであまり語られてこなかったことだが、彼のルーツとして知っておいてほしい重要な点である。
ブリストルは、ロンドンから南西へ120マイル、急行で約1時間半ほど走ったところにある港町。16世紀にはアフリカの奴隷貿易の玄関口、またアメリカとの貿易窓口として産業革命まで英国第2の都市に成長した。第2次世界大戦後には、ジャマイカをはじめ西インド諸島など旧植民地の人々が移り住み、現在もコミュニティとして存在している。この歴史的背景と、ほどよい町の小ささ、そしてロンドンからの距離が、ブリストルで生まれる音楽を個性的なものにしている要因とされている。
1970年代には(ロブと同世代である)ティーンエイジャーによるパンク・バンド、ポップ・グループが登場。1980年代の終わりには、ヒップホップとレイヴとダブを解け合わせたマッシヴ・アタックとスミス&マイティが登場。1990年代の中頃にはトリッキーとポーティスヘッドが、そして同時にロニ・サイズ率いるレプラゼント一派やモア・ロッカーズを中心とした所謂ブリストル・ジャングルが世界的に注目を集めた。そして現在はピンチやペヴァーリスト、ジョーカーといったダブステップ……という風に、ブリストルの音楽は常に英国のクラブ……いや反抗音楽の歴史そのものを“本流”とはちょっと違う“カウンター”な距離感で我々を魅了してきた。そしてロブ・スミスは、学生時代のパンク〜ニューウェイヴ・バンド、80年代前半のレゲエ・バンドの時代から始まるキャリアを通じて、それら全てに関わってきているのだ。
ロブは2003年に『アップ・オン・ザ・ダウンズ』、2006年に『イン・ワン・ウェイ・オア・アナザー』という2枚のソロ・アルバムをリリースしている。スミス&マイティやモア・ロッカーズが聴かせたサウンドを彼のパーソナルな視点で再展開した、メランコリックさと実験性(であり挑戦)が出た作品となっている。
『イン・ワン・ウェイ〜』制作時である2005年末には、既にロブから「いまダブステップに夢中なんだ」と聞かされていたが、2007年、遂にRSD名義のシングルをリリースする。1枚はパンチ・ドランクからの『コーナー・ダブ/プリティ・ブライト・ライト』、そしてもう1枚はイアーワックスからの『キングフィッシャー/ラヴ・オブ・ジャー・ライト』。これらを初めて聴いたとき、筆者は「スミス&マイティと(良い意味で)変わらないなぁ」と思ったものだ。だがこれは、多くの人も同様に感じていたようで、2009年にはスミス&マイティが95年にリリースした1stアルバム収録「ベース・イズ・マターナル」と「U・ダブ」が、さらに2010年には2002年の3rd『ライフ・イズ…』収録「Bライン・フィ・ブロウ」と2003年のロブの1stソロ収録「リヴィング・イン・ユニティ」が、“ダブステップのルーツ”として相次いで再リリースされている(パンチ・ドランク傘下のアンアースドから)。また2ndソロ収録の「ユー・トゥ・ノウ」は、2009年にダブステップ・ヴァージョンへのリミックスを施しリリースしている(本作にも収録)。
「ある意味かたくなに、そしてレゲエを根っこにしつつ、他のスタイルをミックスしていこうとしているからだと思う。僕は全ての音楽に“ダブ”を見い出したいんだ。ハウスがちょっとステッパーズっぽく聴こえたら、僕らはハウス・ダブのようなものを作った。ブレイクビーツにレゲエ・ギターの音やエコー、ベース・ラインを乗せて、ヒップホップ・レゲエのようなものも作った。ラヴァーズ・ロックや60年代のソウルも好きだったから、女性ヴォーカルやストリングスも入れようとしたりね。似たようなサウンドにトライしていた人たちもいたけど、僕らはサウンドに無意識ではあったけど完璧なヴィジョンを持っていた。それは僕らの歴史……レゲエ、サウンドシステム、それに子供の頃からの音楽や記憶、それらが混ぜ合わさった音楽。それが僕らのサウンドの個性になっていると思う」。
これは、ある雑誌の記事用にロブにインタヴューをした際の回答だ。スミス&マイティの楽曲が15年の時間を越えて再評価されていることに対する質問だったわけだが、このオープンな姿勢が、彼の音楽が常に最前線で聴かれ/プレイされている理由とも言えるだろう。ある友人がロブの音楽性を紹介するのに使った「出す料理は変わっても『うちのタレは80年代から継ぎ足し継ぎ足し使ってる秘伝の一品だよ』みたいな人」という形容は、本当にその通り現していると思う。筆者の周りには、90年代の初めにスミス&マイティの音楽に“ヤラレて”から20年に渡って、彼(ら)が生み出すサウンドのファンで居続ける人が多い、というのがなによりの証拠だ。それは、このCDをリリースするゼッタイムを牽引するクラナカにしても同じだろう。そしてその魅力は、このCDにも存分に詰め込まれている。
収録曲は、ロブがこれまで頻繁にクラナカに送ってきた音源からクラナカがセレクトした。制作時期もバラバラで、未発表曲集のような感じでもあるが、単にリリースをするのにフィットしたレーベルが見つからなかったり、サンプリングなどの問題でリリースできなかった曲ということで、楽曲のクオリティはこれまでリリースされてきた曲に劣ることはない。そういう理由だけに、劣るどころか、アグレッシヴで実験的な面も聴かせてくれる興味深い内容になっている。
ルーツ・マヌーヴァ作品への客演などでも知られるリッキー・ランキンを迎えた1。R8レコーズからの12インチ・シングルB面としてリリースされた2は、ロブらしいへヴィネスと、彼が“息子”と呼ぶ新世代プロデューサー、ジョーカーからの影響も感じさせるシンセ・ワークが印象的な曲。日本人女性アーティストG.RINAとのコラボレーション曲4は、ロブ・スミス名義の2nd『イン・ワン・ウェイ・オア・アナザー』収録曲のダブステップ・ヴァージョン。彼女が書いたメロディの中に、ロブがかつてプロデュースを手掛けたフレッシュ4の影も聴くことができる、ブリストル・サウンドの過去と現在を繋ぐ名曲だ。そして、これまたロブ・スミス名義の作品に通じるメランコリックさが光る5。80年代から活動するブリストルのアーティスト、ウィルクスをフィーチャーした7は、以前ダウンロード販売され、CD『グッド・エナジー』にも収録された曲の別ヴァージョン。8はアイルラインドのレーベルから12インチ・シングルでリリースされていた曲。アルバム・タイトル曲ともなった9は、ロブのこれまでの音楽的変遷が凝縮されたかのように、聴く度に様々な角度を見せてくれる。ボーカロイドと呼ばれる音声合成技術を使い、無国籍な感覚を滲ませた12。パンチ・ドランクからリリースされたシングル「グッド・エナジー」にも通じる13。フィールド・レコーディングの音も使い、ヘヴィでありながらフワフワとしたチルアウト感も出した15は、ブリストルのアーティストが集結したチャリティ・コンピCDにも提供された。そしてこれら以外は、大雑把に分類すれば“リフィックス”と呼べるレゲエ・クラシックの引用を前面にした曲。中でも聴き所は10で、ジョー・ギブスが1978年に残した同名曲のリミックスともいえるヴァージョン。ロブは、こうした手法をスミス&マイティの時代から得意としていて、(もちろんオリジナルへの愛情があってこそだが)フックとして引用しつつも、そのサウンドは明らかにロブのものと判ってしまうところが彼の強みだ(先に引用した発言の通り)。
「人生って不思議だよね。僕が『ブレイン・スキャン』(スミス&マイティが86年に制作した実験的楽曲)を聴き直したとき、自分ですらダブステップっぽいとビックリしたよ。多分、物事は円が回るように発展していくってことなんだろうね」。RSDはロブ・スミスのダブステップでの名義とも書いたし、ロブ自身も「ダブステップが僕の人生を救ってくれた」と言う。しかし、これをジャンルとしての“ダブステップ”として括って聴く(あるいは聴かず嫌い)のはあまりにもったいない。ここには、最新のモードを取り入れながら、また25年後にも“新しい”と聴かれるに違いないサウンドがある。そしてロブは25年後にも同じ“秘伝のタレ”を使って音楽を作り続けているのだろう。
“母なるベース”は永遠に鳴り響く。
飯島直樹(DISC SHOP ZERO)
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